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大阪高等裁判所 昭和59年(ラ)383号・昭59年(ラ)377号・昭59年(ラ)382号 決定

主文

原決定主文第一項を取消す。

原決定添付文書目録記載一ないし三の各文書(ただし、抗告人大阪府については同目録記載三の文書のうち平野市町抽水所のポンプ運転記録は除く。)につき相手方らの本件文書提出命令の申立を却下する。

抗告費用はいずれも相手方らの負担とする。

理由

一  本件各抗告の趣旨及び理由

抗告人国の右趣旨と理由は別紙(一)記載のとおりであり、抗告人大阪府の右趣旨と理由は別紙(二)記載のとおりであり、抗告人大阪市の右趣旨及び理由は別紙(三)記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1一件記録によれば、本件の本案訴訟(大阪地方裁判所昭和五八年(ワ)第二二七九号損害賠償請求事件)は、相手方らが原告として、抗告人らを被告に、昭和五七年八月三日に発生した水害により蒙つた損害について、抗告人らの本件洪水処理計画の瑕疵、平野市町抽水所の設置管理の瑕疵、同抽水所のポンプの違法な調整運転等を理由として、国家賠償法に基づき損害賠償を求めるものであつて、相手方らは、寝屋川水系各下水処理場及びポンプ場のポンプの運転状況、過去における洪水処理の実態等を証すべき事実として、原決定添付文書目録記載一ないし五の各文書(本件一ないし五の各文書)につき民事訴訟法三一二条三号前段及び後段により提出命令を申立て、原審が本件一ないし三の各文書についてのみこれを認容し、(ただし、抗告人大阪府に対しては本件三の文書の一部を除く。)、その余の申立を却下し、原決定に対し抗告人らがそれぞれ本件抗告に及んだものである。

2本件一ないし三の各文書が民事訴訟法三一二条三号後段にいう「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタ」文書(法律関係文書)にあたるか否かについて判断する。

(一) 民事訴訟が弁論主義を基調とし、証拠方法の提出については随時提出主義をとつて、当事者に証拠を提出する自由と提出しない自由とを原則として承認し、文書の提出義務については、証人の証言義務のように広く文書の所持者一般に対してかかる義務を課することなく、同条各号所定の場合にのみ文書の所持者がその提出を拒むことを得ないとしているのは、一方において証拠資料の獲得という訴訟上の必要と他方において文書の所持者の利益の保護という相反する利益の調和をはかる趣旨に出たものである。従つて、同条三号後段所定の法律関係文書の意義についても、右の法意に即して実質的に検討することが必要であり、証拠面での当事者対等及び訴訟上の真実発見の観点からして、単に挙証者と文書の所持者との間に成立した法律関係それ自体を記載した文書にとどまらず、そのほかこれに準ずる文書で重要なものを包含すると考えられる反面、文書の所持者の処分の自由の観点からして、所持者が専ら自己使用のために作成した内部的文書のごときは、同条項に含まれないといわなければならない。

自己使用のために作成した内部的文書であつても、文書の作成者が公的機関であつて、公益目的のために作成されたものであり、その記載内容が客観的な事象の記録を記載したものであつて、これを秘密にしなければならないものではなく、右文書を外部に明らかにすることにより所持者が不利益を受けることがないときは、当然には提出義務を否定すべきではないとの考え方は、文書提出義務を一般義務として認めるのと差違がなしこととなり、立法論としてはともかく、解釈論としては当裁判所はこれを採用することはできない。

また、当該文書が請求原因事実の有無を立証するうえで必要性が高いということは、同条各号所定の文書に該当するか否かの判断基準となるものではなく、現行法上は提出義務の有無とは区別された、証拠申立の採否を決する一般的要件の一つとしての証拠の必要性(同法二五九条参照)の判断の範囲にとどめるべきである。従つて、この場合、文書の所持者が文書の提出により不利益を受けないか否か、又は受忍の範囲内か否かについては、これらを考慮の対象とする余地はないものといわなければならない。

(二) 本件一ないし三の各文書は、原決定も判断しているとおり、一件記録によれば、抗告人大阪府又は同大阪市が雨水記録とともにこれらを常時記録することにより、雨天時における降雨量やポンプの稼働状況と河川の水位との関連性を把握し、もつて下水処理場や抽水所から河川への放流量を適正に保つための資料として作成されたものと認められ、その作成目的、経緯、記載内容等よりして、右各文書は、右抗告人らの自己使用のために作成された内部的文書にすぎないものであることは明らかである。

(三) 従つて、本件一ないし三の各文書は、同法三一二条三号後段所定の法律関係文書にあたらないとするのが相当である。

3次に、本件一ないし三の各文書が同号前段にいう「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書(利益文書)にあたるか否かにつき検討するに、右にいわゆる利益文書とは、当該文書が直接挙証者の地位や権利、権限を証明し、又は基礎づけるものであつて、かつ、当該文書がそのことを目的として作成せられたものであることを要するところ、前にみた本件一ないし三の各文書の記載内容、作成目的からして、これら文書が利益文書にあたらないことは明らかである。

4以上の次第であるから、抗告人らのその余の主張につき判断するまでもなく、本件一ないし三の各文書についての相手方らの文書提出命令の申立は理由がなく、本件抗告はいずれも理由がある。

よつて、原決定中抗告人大阪府及び同大阪市に対して、本件一ないし三の各文書(抗告人大阪府に対しては本件三の文書の一部を除く。)の提出を命ずる部分を取消し、相手方らの右各文書の提出命令の申立を却下し、抗告費用は相手方らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(小林定人 坂上弘 小林茂雄)

別紙(一)

〔抗告の趣旨〕

原決定中、大阪府に対し文書の提出を命じた部分を取り消す

相手方らの右部分に係る文書提出命令の申立てを却下する

抗告費用は相手方らの負担とする

との裁判を求める。

〔抗告の理由〕

原決定は、以下に主張するとおり民訴法三一二条三号後段の解釈・適用を誤つた違法がある。

一弁論主義を採る民訴法の下においては、書証の申出は当事者がその自ら所持する文書を現実に提出することをもつて原則とされているのであつて、証拠の収集・提出は当事者の責任に委ねられているのであるから、証拠を提出するか否かは当事者の自由であり、当事者は証拠につき処分の自由を有しているのである。しかし、挙証者の立証に必要な文書が当該訴訟の相手方又は第三者が所持していて任意の提出を期待し難い場合もあることから、挙証者の立証の便宜を図り、もつて、実体的真実発見の理想を実現する必要もあることはいうまでもない。民訴法三一二条は、この両者の要請を調和・調整させて提出すべき文書の範囲を画したものというべきであるから、文書提出義務は証人義務のような一般的義務でないのはもとよりのこと、同条各号が規定する文書の意義にしても、右立法趣旨及び各号の規定の文言に従つて解釈するのが相当であつて、文書提出義務を一般的義務を認めるのと結果的に同じくなるような解釈は許されないものといわなければならない。

そこで、民訴法三一二条三号後段の「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書の意義について検討すると、前記立法趣旨の一面である挙証者の立証の便宜を図り、もつて実体的真実発見の理想を実現する見地からして、挙証者と文書の所持者との間の法律関係と文書の記載事項との関連性については、挙証者と文書所持者との間に成立した特定の法律関係それ自体が記載された文書にとどまらず、その法律関係の構成要件事実の全部又は一部が記載された文書をもいう(大阪高裁昭和五三年九月二二日決定・判例時報九一二号四三ページ)ものと解するのが相当である。しかし、当該文書に右のことが記載されていれば全ての文書が同号後段に該る文書であると解することはできないというべきである。すなわち、同号後段は、挙証者と文書の所持者との間の法律関係「ニ付作成セラレタルトキ」と規定して、単に挙証者と文書の所持者との間の法律関係「ニツイテ記載セラレテイルトキ」とは規定していないのであるから、法は当該文書の作成行為を重視して規定しているということができるのであり、右内容のことについて記載された文書が文書作成の時点において、特定の法律関係の「ために」作成されたものであることを法は要求しているものといわなければならないのである。したがつて、挙証者と文書の所持者との間の特定の法律関係自体のため、すなわち、その法律関係の発生・変更・消滅自体を明らかにし、又はその法律関係の構成要件事実の全部または一部を基礎づけ明らかにする目的で作成された文書であることを要し、文書の所持者が内部的事情からその者の自己使用の目的で作成したのにすぎない文書は、たとえ前記内容のことについて記載されている文書であつても、その作成目的からして同号後段に該る文書ではないのである。このことは、三号が前段について具体的かつ限定的な内容を規定し、これと後段の文書とを同列に結んで規定していることからして、挙証者と文書の所持者との間の特定の法律関係になんらかの意味で関連性のある事項が記載されている文書一切をいうように包括的なものと解することはできないこと並びに文書の所持者の処分の自由の観点及び所持者の自己使用のために作成した内部文書は三号後段の文書には該当しないと従前、通説・判例が解釈して確認されてきたこととの整合性等からいつて、文書の作成目的に照らして限定的に解すべきことは明らかである。

二ところで、原決定の別紙文書目録一及び三の文書は、寝屋川水系各下水処理場やポンプ場の施設に関する運転・作業記録であり、また同二の文書は、寝屋川水系の河川の流域における降雨量及び河川の水位を記録したものであり、いずれも、右各施設の管理者あるいは河川管理者が各々施設の管理あるいは河川の管理の一環として作成しているものであるから、施設あるいは河川の管理者である大阪府知事が施設あるいは河川の管理に係る事務処理上の便宜のため任意に専ら管理者の自己使用のために作成した内部資料にすぎなく、法令の規定に基づいて作成したものでも、また外部に公表することを予定して作成したものでも、更には、施設あるいは河川に係る国賠請求事件の構成要件事実の全部又は一部を基礎づけ明らかにするために作成したものでもないことはいうまでもない。したがつて、たとえ、右各文書(以下「本件文書」という。)にその記載内容上、相手方らと抗告人ないしは大阪府との間の訴訟に係る訴訟物たる法律関係に関連性のある事項が記載されていて、右法律関係を明らかにするのに役立つとしても、それは結果として生ずることにすぎないのである。

以上のとおりであるから、本件文書は相手方らと抗告人ないしは大阪府との間の国賠請求に係る法律関係自体を明らかにし、又はその法律関係の構成要件事実の全部又は一部を基礎付け明らかにする目的で作成されたものということはできないから、本件文書が民訴法三一二条三号後段の挙証者と文書の所持者との間の法律関係「ニ付作成セラレタルトキ」に該当しないといわなければならないのである。

三しかるに、原決定は、相手方らと抗告人ないしは大阪府との間に国家賠償法に基づく損害賠償義務の存否をめぐる法律関係が存在し、本件文書は、相手方らの損害賠償請求を基礎づける請求原因と関わりがあることは明らかである(なお、本件文書の記載内容と右法律関係との関連性の有無及び本件文書の提出命令の必要性の有無の点については、大阪府の原決定に対する即時抗告の申立理由を参照されたい。)として、本件文書は損害賠償の権利義務に直接または密接な関係のある事項について作成された文書ということができ、民訴法三一二条後段の法律関係文書の要件を充たす文書であるか、これに準ずる文書にあたるものとみることができるとした上で、本件文書が請求原因事実の有無を立証するにあたり必要性の有無・程度及び文書所持者の文書提出によつて生ずる不利益の有無・程度を比較衡量して文書の所持者である大阪府に対して文書提出義務を認めているのである。

しかしながら、本件文書の記載内容において相手方らの損害賠償請求を基礎づける請求原因とかかわりのある事項が記載されているとしても、そのことをもつて本件文書が相手方らと抗告人ないしは大阪府との間の損害賠償義務の在否をめぐる法律関係「ニ付作成セラレタルトキ」に該当するものではないこと、前記一及び二で主張したとおりである。民訴法三一二条三号後段の法律関係文書をもつて、提出命令の申立てに係る文書の記載内容において、挙証者と文書の所持者との間の特定の法律関係に関連性のある事実が記載された文書をいうものと解すると、挙証者が文書の所持者を相手方として訴訟を提起している場合には、当該訴訟で挙証者が文書所持者に対して主張している権利が認められるか否かという法律関係が両者間に必ず存在することになるから、当該文書に右事実が記載されていれば、それだけで挙証者は常にその提出を求め得ることになり、また、多くの間接事実から要件事実を推認するところの不法行為ないしは国家賠償請求事件においては、提出命令を求め得る文書の範囲を際限なく拡大することとなるので、同条が提出すべき文書の範囲を画した趣旨を没却し、文書提出義務を一般的な提出義務と認める結果となり許されないものといわなければならないのである。その意味からして、原決定が立証の必要性の有無・程度あるいは文書所持者の文書提出によつて生ずる不利益の有無・程度を比較衡量している趣旨は文書所持者が提出すべき文書の範囲について何らかの限定が必要であるとの考慮に基づいてのものと思料されるが、そうであるならば原決定の思考過程は、その限りにおいて正当な解釈態度であると評することができ得るものといえよう。しかし、提出命令の申立てに係る文書の記載内容において、挙証者と文書の所持者との間の特定の法律関係に関連性のある事実が記載されているならば、その事実につき当事者の間において争いがないような場合を除き常にその法律関係を立証するうえで必要性があることはいうまでもないから、立証の必要性の有無・程度をもつてしては、文書所持者が提出すべき文書の範囲を画する基準とは全くならないのである。そもそも、立証の必要性ないしは証拠調の必要性の有無は文書提出命令の申立てに係る文書が民訴法三一二条三号後段の文書に該当するか否かの判断場面とは場面を異にして検討されるべき事項であつて、まず、当該文書が同号後段の文書に該当するか否かの判断がなされ、これが肯定されてしかる後において、当該文書を証拠調べする必要性がある文書として文書提出命令の申立ての必要性があるか否かの判断に移行していくものであるところ、原決定は、この両者の関係を失念ないしは無視して立証の必要性・証拠調べの必要性ということをもつて同号後段の文書に該当するか否かの判断基準としているために文書提出義務を証人義務と同様の一般的な提出義務を認めるのと同じ結果となつてしまうのである。また、文書所持者の文書提出によつて生ずる不利益の有無・程度のことにしても、当該文書が文書所持者の内部文書である以上、たとえ文書を外部に公開することにより不利益を生ずることがないとしても、内部文書はそもそも外部に公開することが予定されていないものであるから、文書所持者の文書に対する処分の自由を尊重するのが弁論主義及び提出すべき文書の範囲を画した民訴法の趣旨とするところであつて、これを立証の必要性・証拠調べの必要性があるとのことをもつて提出義務を負わせることとしたのでは、右趣旨を没却させることとなるのである。このことは、文書の所持者が公共の利益を実現することを目的とする国家機関ないしは公共団体の機関であるとしても、当該文書が国ないしは公共団体の内部的文書であることを否定する根拠となるものではないのである。原決定が文書所持者の文書提出によつて生ずる不利益の有無の判断において検討しているところのプライバシーに関する事項とかあるいは職務上の秘密にわたる事項とかが記載されている文書に限つてのみは、その提出義務はないが、それらの事項が記載されていない文書については文書所持者に文書を公開させることにより不利益は生じないので提出義務があるとすることは、文書提出義務を証人義務と同じく一般的な義務と認める結果となるのである。

以上のとおりであるから、原決定は不当であつて、取り消されるべきである。

四なお、抗告人は、本案訴訟の一当事者で本件文書提出命令の申立事件の申立人ないしは文書所持者ではないが、本案訴訟の当事者として、相手方らから大阪府と同じ請求原因事実の下において損害賠償請求をされているのであるから、大阪府の所持している本件文書については、大阪府と同様に利害関係を有しているものであり、また、民訴法三一五条は不服申立て権者を限定してはいないのであるから、抗告人は、原決定中大阪府に対して文書の提出を命じた部分について即時抗告権を有しているものというべきである(菊井・村松民訴法Ⅱ三八五ページ、注解民訴法(5)二二一ページ、大阪高裁昭和五三年五月一七日決定・下民集三二巻九ないし一二号一二七五ページ、東京高裁昭和五九年九月一七日決定)。

別紙(二)

〔抗告の趣旨〕

原決定中、抗告人に対し文書の提出を命じた部分を取消す。

相手方らの本件文書提出命令の右部分の申立を却下する。

との裁判を求める。

〔抗告の理由〕

一原決定は、民訴法三一二条三号後段の解釈につき、「訴訟における真実発見と証拠面での当事者対等を実現する見地から、挙証者と所持者との間の不法行為に基づく損害賠償請求の権利義務の関係自体ないしその存否に直接または密接な関係のある事項について作成された文書のようなものも法律関係文書に含まれるもの(法律関係文書にあたるもの、ないしこれに準ずるものとして)とすべき場合があると解すべきである。」旨判示し、さらに「請求原因事実の有無を立証するうえで必要性が極めて高い文書」であるか、「文書提出義務を認めても所持者の利益を損うことがないか、多少利益を損うことがあっても、文書が顕出されないことによつて挙証者がこうむる不利益と比較すればこれを受忍すべきものである場合」であるかを考慮して文書提出義務の在否を判断すべき旨判示するが、右条文をそのように拡張して解釈すべきではない。

1民訴法三一二条に規定する文書提出義務は法的制裁を伴う公的な義務であるところからして、充分な法的根拠を有しなければならないのであり、それ故この義務は民訴法三一二条の文言にそつた解釈の枠内で認められるべきものであつて、単に訴訟上真実発見に資するからとか、一方の当事者に証拠の偏在があるからとかの理由だけでこの義務を安易に広く認めることは許されないのである。したがつて、文書提出義務を民訴法三一二条の文言解釈とかけ離れたいわゆる一般的義務として或いはそれに準ずるような義務として認めることはできないというべきであり、このことはすでにいくたの裁判例において明言されているところである。(例えば、東京高裁昭和五一年六月二九日決定・判例時報八二六号三八頁、大阪高裁昭和五五年七月一七日決定・判例時報九八六号六五頁など)

2民訴法三一二条三号後段の解釈にあつても右の観点からなさるべきであり、同条文の「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書に該当するかどうかは、(1)どのような場合に挙証者と文書所持者との間に「法律関係」があるといえるのか、(2)どのような文書がその法律関係に「付作成されたもの」といえるのか、の二点が検討さるべきである。

3これを原決定についてみれば、右(1)の点については、単に契約関係に限定すべきではなく、不法行為に基づく損害賠償請求の権利義務の関係も含まれるとの解釈を肯認しうるとしても、(2)の点については、「損害賠償請求の権利義務の関係自体ないしその存否に直接または密接な関係のある事項について作成された文書」との原決定の解釈は「法律関係に関する文書」と読み替えるに等しく、またそれは一般的義務を認めることに通じ、「法律関係に付作成せられた文書」の解釈からかけ離れたものである。この「法律関係に付作成せられた」との文言からすれば、単に法律関係に関係ある事項が記載されている文書というだけではなく、文書の作成行為ないし作成過程にも重点がおかれているとみるべきであり、文書の作成目的をも判断の要件として考慮されねばならないと解釈すべきである。(秋山壽延「行政訴訟における文書提出命令」――新・実務民事訴訟講座二九九頁参照)

4原決定は、法律関係文書に準ずる文書をも文書提出義務の該当文書に含まれると判示するようであるが、かかる拡張解釈の許されないことは、前述したとおりである。

5また、原決定は立証の必要性とか、文書所持者や挙証者の利益とかを考慮して文書提出義務の存否を判断すべきとするが、このような「必要」とか「利益」とか「公平」とかの利益衝量によつて恣意的に文書提出義務の存否の判断をすることは、すでに述べた趣旨において法文解釈を逸脱するものであり、不当である。(伊藤榮子「証拠保全手続における診療録提出命令」民訴法判例百選第二版二一八頁参照)

二原決定が提出を命ずる本件一ないし三の文書は、民訴法三一二条三号後段に関する前述の解釈からして、右条文にいう法律関係文書には該当しないものである。

1本件一ないし三の文書は、ポンプの運転状況、水位の状況を客観的に把握し、当該施設及び河川の維持管理のためこれらを記録した内部文書であり、本件水害に基づく相手方の損害賠償請求という法律関係に付き作成された文書ではありえないことは見やすいところである。

2原決定は、右文書が外部に顕出することを避けねばならない秘密性のあるものではなく、これを明らかにすることについて抗告人及び大阪市に不利益をもたらすとは全く考えられないことを強調し、大阪市が一部ポンプ運転記録を提出したことをもあげて文書提出義務の根據としているが、そのような文書であることをもつて、或いは一部任意に提出したことをもつて文書提出義務を認めることは、本末転倒である。その文書が任意に提出しうる文書であつても提出義務を負うか否かは別個の問題だからである。(本件においても、相手方が、寝屋川水系の全てのものとか過去の豪雨時のすべてのものとかといわず、相応の理由のもとに真に必要なものに限定するならば、抗告人としても任意に提出することも考えないわけではなく、その意向は相手方に伝えてあるのである。)

三原決定は、本件一ないし三の文書について「請求原因事実を立証するうえでその必要性は極めて高い」と判示しているが、右文書(ただし、平野川、同分水路につながる下水処理場、ポンプ場のポンプ運転記録は除く)は請求原因事実と関連性のないものである。

1相手方は、本件損害賠償の請求原因として大阪府の策定した寝屋川水系全体計画の誤りを指摘して河川の設置管理の瑕疵をいうが、計画どおり出来上つた河川の状態の瑕疵をいうのではなく(右計画が未だ完成されていないことは相手方も承知である)、単に計画の誤りをもつて直ちに河川設置管理の瑕疵となしうるものかどうか、したがつて相手方のいう計画の誤りと本件水害とにどのような因果関係があるのか明らかでなく、これらに関して釈明を求めるも相手方は答えようとしないのである。それはともかく、相手方のいう計画の誤りなるものが、本件のこれまでの豪雨におけるポンプ運転記録と水位記録の文書によつて立証しうるものではなく、両者に関連性がないことは明らかである。

2相手方は、平野川、同分水路の設置、管理の瑕疵として、(イ)平野市町ポンプ場の調整運転を指示したこと、(ロ)調整運転を行わなければならない状態に両河川を放置したこと、をあげている(原告準備書面四)。原決定はこの(ロ)の点を請求原因として摘示していないが、この点こそ本件における主要な争点と思われるのである。ところで、この平野市町ポンプ場の調整運転をしなければならなかつた理由については、右両河川が現在改修途上であるためであつたことは抗告人ら被告の答弁するところである。してみれば右両河川に放流されるポンプの運転状況を知ることはともかく、寝屋川水系の他の河川のポンプの運転状況、水位を知ることが右の(イ)(ロ)を立証する上でどれ程必要なものか理解し難いところである。成程原決定のいうごとくある一つの河川はその河川の水系全体の影響をうけることはありうるが、本件におけるポンプ調整運転は放流先のすぐ下流の平野川分水路巽水門での危険水位をみながらのものであつてみれば(証人須賀増幸の証言)、約二七、〇〇〇ヘクタールもの拡大な流域面積をもち自然流入もある寝屋川水系について、他の河川のポソプ運転状況、水位を知つたからとてそれが平野市町ポンプ場の調整運転の当否を論ずる資料となるものではありえない。単純化していえば、大阪市平野区にある右ポンプ場の調整運転が寝屋川市にある大平ポンプ場の運転状況とどれ程のかかわりをもつものかを考えれば明らかである。

3さらに原決定は、昭和三二年から昭和五四年の過去の豪雨時のポンプ運転記録と水位記録の提出を命じているが、これが相手方のいう計画の誤りとか本件ポンプ調整運転とかにいかなる関係をもつか理解し得ないし、ことに昭和三二年という二五年もさかのぼつた寝屋川水系のいわゆる旧計画時代のポソプ運転記録や水位記録を用いて何が立証できるといえるのであろうか。請求原因事実を立証するうえでの必要性は極めて高い、などといえるものではありえない。

四原決定が提出を命ずる文書表示は特定性を欠くものである。

1本件文書目録一、三の文書についていえば、「寝屋川水系各下水処理場、ポンプ場」とされているが、それには抗告人の所管以外の処理場、ポンプ場(しかも多様な形態のものがある)が多数あり、その分についてそのポンプ運転記録を抗告人が所持していないことは見やすいところであるのに、これら処理場、ポンプ場を特定していないのは不当である。

2本件文書目録二、三の文書についていえば「昭和三二年六月二六日以降同五四年七月一二日以前の豪雨の際」とされているが、豪雨といつてもいろいろに解釈され特定に欠けるといわざるを得ない。

3本件文書目録一、三に「ポンプ運転記録(テレメーター)」とされているが、テレメーターとは遠隔地よりの測定データ通信装置をいい、そのような装置が設置されたのも割合最近のことである。右原決定の表示はテレメーターが設置されているところのポンプ運転記録をいうのか不明である。

別紙(三)

〔抗告の趣旨〕

一、原決定第一項を取り消す。

一、相手方らの申立を却下する。

一、本件文書提出命令申立費用および抗告費用は相手方らの負担とする。

との決定を求める。

〔抗告の理由〕

原決定には、民事訴訟法(以下「民訴法」という)三一二条三号後段の解釈適用を誤り、本件文書の提出を命じた違法がある。その理由については、抗告人の原審における昭和五九年三月八日付意見書により明らかであるが、次のとおり補足する。

一民訴法三一二条三号後段に関する原決定の解釈は広きに失し不当である。すなわち原決定は「民訴法三一二条の立法趣旨は、訴訟における真実発見と、証拠が偏在する場合における証拠面での当事者対等を図るという見地から、挙証者が立証に必要な文書を所持せず、かつその所持者が任意提出に応じない場合に、その提出を義務づけて立証の途を開く一方、これを全ての文書について認めるときは、所持者の利益を不当に侵害する結果を生じうるので、衡平の見地から提出すべき文書の範囲を限定することにあると解すべきであり、法律関係文書も、この見地から、それに該当するかどうかを決めるべきである。従つて、規定の沿革はともかく、法律関係文書を単なる契約関係ないしこれと同視すべき法律関係を記載した文書のみに限定すべきではなく、挙証者と所持者との間の不法行為に基づく損害賠償請求の権利義務の関係自体ないしその存否に直接または密接な関係のある事項について作成された文書のようなものも法律関係文書に含まれるものとすべき場合があると解すべきである。もとより、こうした文書は、たとえば立証者と文書所持者との間に締結されたある契約の内容を記載した契約書等とは異なつており、本件においても問題となる所持者の自己使用を目的としたいわゆる内部文書のように、その文書に関係のある法律関係に係る紛争に関しても、外部に顕出されることを予定していないものが多いと考えられるところであり、所持者がその文書を外部に顕出することを欲しない場合はそれを極力尊重すべきではあるが、しかし、その点を配慮してもなお、前記の真実性の発見と証拠における当事者対等を実現する見地から、かかる文書を法律関係文書にあたるもの、ないしこれに準ずるものとして、所持者に提出を命ずべき場合があることを否定することはできない。」とした上で、本件文書については、原告らの損害賠償の権利義務自体についてではないが、その存否に直接または密接な関係のある事項について作成された文書ということができ、形式的には法律関係文書の要件を充たす文書であるか、少なくともこれに準ずる文書にあたるものとみることができ、かつ原告らの主張する請求原因事実の有無を立証するうえで、その必要性が極めて高いものであると判断して、本件各文書の提出を命じている。

二しかしながら、原決定のように、民訴法第三一二条の立法趣旨につき、挙証者の立証上の必要や真実の発見という観点からのみ片面的に考察することによつて、同条三号後段該当文書を定義づけるのは誤りである。

すなわち、民訴法第三一二条は弁論主義をとる現行民訴法の例外規定なのであるから、挙証者の利益のみならず、それによつて受ける可能性のある所持者の訴訟上の不利益をも考慮し、両者の衡平の見地から提出すべき文書の範囲を限定すべきものである。このことは、同条の三号後段以外の各号の文書に関する定めを一瞥すれば明らかであり、例えば、同条一号は、当事者が訴訟において自ら積極的に当該文書を引用する以上、それをもつて証拠とすることを前提としていると解されるのであり、同条二号は、挙証者が文書の所持者に対して、当該文書の引渡し又は閲覧を求め得る以上、その内容が法廷に現れることは当然予想され得るのである。また、同条三号前段の文書も、それが挙証者の利益のために作成されたものである以上は、その作成の段階において、将来これが挙証者の権利を証するために使用されることが当然の前提とされているのである。弁論主義を採る現在の民訴法が、その例外として、当事者を含む文書の所持者に文書の提出を命じ得る旨を規定し、かつ、その不提出の効果として「裁判所ハ文書ニ関スル相手方ノ主張ヲ真実ト認ムルコトヲ得」と規定している(同法三一六条)のは、このように、文書そのものが本来係争の法律関係の証拠として作成されたか、あるいは当該訴訟の当事者がこれを証拠とする意思を表明しているからにほかならない。この趣旨は、同法三一二条三号後段の解釈においても当然考慮されなければならない。

したがつて同条三号後段の文書たるには、文書作成の段階において、挙証者との間の法律関係が前提として存在し、これに関連して当該文書が作成されていなければならないというべきであり、所持者が内部的に自己使用のために作成した文書はこれに該当しないのである(自己使用文書がこれに該当しないことは、通説であり、裁判例の大勢である。)これを原決定のように単なる内容の関連性のみを基準とするならば、例えば、行政訴訟においては処分に直接関係のない文書を際限なく提出せざるを得なくなるし、また多くの間接事実から要件事実を推認することが予想される不法行為ないしは国家賠償請求事件においても同様であつて、証拠として必要な文書はすべてこの基準に該当するという極めて不合理な結果になろう。

しかるに、原決定は、「本件一ないし三の文書は、被告大阪府または同大阪市が雨水記録とともにこれらを常時記録することにより、雨天時における降雨量やポンプの稼働状況と河川の水位との関連性を把握し、もつて下水処理場や抽水所から河川への放流量を適正に保つための資料として作成されるものと認められる自己使用を目的とした内部文書といえなくはないとも考えられる。」としながら、専ら挙証者の利益あるいは証拠調の必要性にのみ依拠して、本件各文書の提出を命じたのであつて、その不当なることは明白である。

三よつて、抗告の趣旨記載の決定を求める次第である。

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